ここは、NDMC(主にバレー部)にまつわる名言、専門用語、 ラオウの印象に残った言葉を記録したものである。

ていうか、色んな人々をネタにしてます。


あ行か行さ行た行な行は行ま行や行ら行わ行



赤い眼鏡やめなさい(アカイメガネヤメナサイ) 3年の時、廣瀬先生による
あれは、年度末の頃、立石がなんやら色んな事で追い込まれてて、

廣瀬先生とかも、その噂とかも聞いてて、まず、第一印象があまり良くないとかいう話になって、

一言。それ以来赤い眼鏡は見てないような・・・



アキレス腱が切れたので(アキレスケンガキレタノデ) 4年の時、O林先生による
ラオウが4年の時の追いコン。1?期のO林先生が来て下さって、

リベロに入ると、華麗なフライングレシーブ等を見せていた。

どうやら、この日のために鍛えてきたそうである。

で、次のセットも…次のセットも…とさらなる活躍を期待されたが、

限界を迎えられたのか、一言。しばらく休んだらまた出るとの事。

休んだら、アキレス腱つながるんですか??



明日の納会は1年の締めくくりとして…(アシタノノウカイハイチネンノシメククリトシテ…) 3年の時、立石による
納会の前日、部活後の反省での立石君の一言。

1年生に言われるとどうも違和感が・・・。



あ そうでした(ア ソウデシタ) 3年の時、濱川による
濱川君は、大変付き合いの良い(?)ことで知られる。

とある、部活がオフの日、先輩らが暇だから部活しようぜとかいう話になって、

それでも上級生に声をかけるのは可哀想だったので、濱川呼ぼうぜとかいう話になって、

濱川、今日部活あるぞ、って電話したら、返ってきた言葉が、「あ そうでした」

濱川だって多分部活オフの事位知ってたはずやのに。

また、とある休日。先輩らが、暇だから飲みに行こうぜとかいう話になって、じゃ濱川呼ぼうぜとかいう話になって、

濱川に「今日、飲みに行く約束してただろっ」って言ったら、返ってきた言葉が、「あ そうでした」

だったらしい。



暗黒時代(アンコクジダイ) 2年の時、31期の誰かによる
1年の時、S野が迎えた時代。

本人の強い希望により、詳細な記述は控える。



アンラッキー7(アンラッキーセブン) 4年の時、当時のレギュラーによる
いわしの事。いわしの背番号7にちなんで。ホントに些細なネタですが。



板井サマ(イタイサマ) 3年の時、バレー部の誰か?による
板井のキャパの広さを称えて使用される

そのキャパはマネ接待などで発揮されたらしい

元同室のラオウもたまにさん付けで呼んだりする

そんなわけで、未来の店長、主将は板井サマなのかな、と思ったりもする(2007/01/20現在)



いや、ちょっと下ネタになるんで・・・(イヤ、チョットシモネタニナルンデ・・・) 3年の時、ハマによる
ある週の土曜練の終わりに、奥の方の、餃子の満州に部飯に行った。

で、なんか店のマークの女の子の名前を当てようとかいう話になった。

で、濱川何でしょう?ってなって、ハマが一言。

全く同じ事を考えていたので、ラオウは心の中で大爆笑していた。



ウィンカーをカーナビだと思ってた・・・小さい時 (ウィンカーヲカーナビダトオモッテタ・・・チイサイトキ) 1年の時、ラオウによる
ラオウが1年の東医体で北海道に行った時。

実家が近く当時すでに免許を持っていたS野が車を持ってきて、1年何人かで夜ドライブに出かけた。

ドライブ中、ラオウが「俺、ウィンカーをカーナビだと思ってた・・・小さい時」と発言した。

どうやら、「・・・」の間がまずかったらしく

「ラオウは、自分の発言で周りが引いて、まずいと思って、後から『小さい時』と付け足したんだな〜」と

周りが思ってしまった。(文章の意味分かるかな?)「・・・」の間はなんでもなかったんやけどな〜

そして今でもネタにされている。



受かってくんなきゃ、やだやだやだ〜(ウカッテクンナキャ、ヤダヤダヤダ〜) 1年の時、管理人による
NDMCでは、6年生が国試を受ける期間中、早朝、部活単位で集まって見送りをするのが毎年の恒例である。

そして、各部下級生がそれぞれ趣向を凝らして6年生に芸を披露するのも毎年の恒例である。

バレー部は芸に関しては例年それ程熱は入っていないのであるが、国試2日目かなんかでラオウが何かしろということ になった。

そして、やれと言われたのが、6年生の前で「受かってくんなきゃ、やだやだやだ〜」などと言いながら地面を転がり回る というものであった。

結果、実施したものの・・・先輩方は気付いていなかった。



ウザ系列(ウザケイレツ) 2年の時、バレー部の誰かによる???
簡単にいうと、バレー部においてウザいといわれる人たちのこと。

この系列は飲み会の時に威力を発揮する。系列のうちの誰かが、飲み会においてウザい雰囲気を出し始めると

コールがかかって系列全員飲む羽目になる。



器の小ささを感じるな(ウツワノチイササヲカンジルナ) 3年の時、白石さんによる
とある試合の帰り、面子は確かラオウとハマと立石と大坪だったような・・・お馴染みココイチ所沢上新井店に寄った。

ハマは普段から、ココイチでは飯練を受けていたが、面子が穏やかな事もあり、安心して普通の量を食べていた。

これで、白石さんカーもこの店に来たら面白いな、などと皆で言っていると、本当に白石さんと秋元さんと、

あと板井がココイチにやってきた。ウチらの食べているカレーを見て、白石さんが肩を落として一言。

だいぶ上手いな、とラオウは思った。



うわ〜ん(ウワ〜ン) 1年の時、竹下による
よく多用される言葉である。テストでヤマが外れた時、仕事が多すぎて遊ぶ暇もない時、あと、スロット関係でも…

ちなみに、うわ〜んと言いながら数回万歳を行うとさらに効果的である。



エア・リーディング(エア・リーディング) 3年の時、バレー部の誰かによる
読んで字の如く、空気を読む事。しかしこれは、一般的な言葉なのかな???



Hコンビ(エイチコンビ) 1年の時、宮本さんによる
ラオウとパラックの事。コンビで色々と可愛がられた(?)

Hujita(藤田)とHarada(原田)という事なのでしょうが…。

Fujita(藤田)の方が、しっくりくるんですけどね。



エスコート(エスコート) 6年の時、寿による
30期の国試合格祝い。

S野はウロ志望ということで、ウロ科である学校長のエスコートを

していた。S野がエスコートをしているだけに、寿が一言。



えっ・・・レジメ!?(エッ・・・レジメ!?) 2年の時、おちくぼによる
NDMCの方はお分かりかもしれませんが、生理学の発表で追い込まれている学生に対して、

そうでない学生が、半ばウザくカラむ時に使う。リアクションを大きく取るのがポイントである。

それから派生して、「えっ・・・部活!?」とか「えっ・・・再試!?」などの言葉が大量に生まれた。



エロかわいい(エロカワイイ) 3年の時、パラック自身による
セク原田の進化バージョン(勝手に管理人がそう位置づけている)である。

倖田來未の大ヒットに押されてのものであろう。ちなみに、飲み会のコールでも採用されている。



演技の可能性もあるんで・・・(エンギノカノウセイモアルンデ・・・) 3年の時、ハマによる
ある日の部会。確か休日の夜であったため、予想通り、集まりがよろしくない。

いわしも部会には遅れていた。で、ハマか誰かがいわしと連絡を取っていた。

何やらまだ外にいるらしくて、息せき切ってこちらに向かっているとのこと。

そこでハマが一言。相当面白かった。いわしには気の毒やけど。



Osa会(オーサカイ) 1年の時、寺山らによる
かの有名な大阪府人会に対抗(?)して作られた会。

大阪府人会に所属する31期の面々の一部によって立ち上げられた

現在、33期まで入会し、約10名にまで会員は増えた。

基本、自由参加(?)らしい。新入会員は引っかけ橋(道頓堀のこと)でナンパをしなければならない

今までに、1年夏(か冬?)、2年夏、2年冬、3年冬に行われた。

ラオウは2年冬から参加した。その時はお金をかけてカラオケ点数勝負をした。

3年冬は、居酒屋に行った後に、全員フラフラの状態で、ビールをかけてボーリング勝負をした。

7ポンド限定、12km/h未満失格、などのルールも作られた。

基本楽しい会、のはずが内容は年々激しくなっている気がする。

ラオウは、Osa会は最高学年で良かったな、としみじみ思っている。



鬼退治(オニタイジ) 3年の時、ハマによる
日本酒の銘酒の一つ、「鬼殺し」を飲むこと。かつて、0次会で鬼退治が行われたことがあった。



お前男前なんか卑怯者なんかよー分からんな(オマエオトコマエナンカ ヒキョウモノナンカヨーワカランナ) 1年の時、宮本さんによる
ラオウが1年の時の東医体in札幌。試合が終わり、打ち上げに行こうと

旅館で待機しているラオウ。そこで、先輩に呼ばれた。

なんと0次会である。あのダイゴロウがそこにはあった。

で、とりあえず一杯か二杯飲んだのだが、そこは酒にクソ弱いラオウ。打ち上げ前にに「もう無理〜」状態になった。

でも東医体の打ち上げで1年生が飲まんわけにはいかん。で、ラオウが取った行動は

人の目を盗んで、つがれる酒を他の開いたグラスに入れて、さも自分が飲んだかのように見せる

というものであった。これで、打ち上げはなんとかしのいだものの

翌日、ラオウの中で罪悪感が沸き起こってきた。ああ、俺はなんてことをしてしまったんだ。

完全犯罪であり、黙秘しておいても勿論何の問題もなかったのだが。

宮本さんに、打ち上げのことを自白。あきれて一言。



お前牛角の店員か(オマエギュウカクノテンインカ) 3年の時、高城さんによる
ラオウが3年の時の、並木祭でのこと。竹下は例によって奇抜なファッションをしていた。

それを見て高城さんが一言。どんな格好かは各自想像して下さい。



親指(オヤユビ) 4年の時、白石さんによる
34期の小柳津の事。掌を地面に向けたときに一番内側に位置する指。の事ではない。

何故親指かというと、読みが似てるから??



オリンピック(オリンピック) 1年の時、バレー部の先輩による
グラスかジョッキか何だか忘れたが、それらにビールをなみなみとつぎ、うまい具合に組み合わせて上から見ると…

なんとオリンピックでもお馴染みの五輪がそこにあるではないか。

管理人はこの新歓で、NDMCの厳しさを知ることになった…

そしてこの伝統は今でも続いている…?